思い出はかく語りき
〜 愛する人に送る、永遠のセレナーデ 〜
リースリングが飲みたかった。というかたまたま飲みたかったワインがリースリングだった。ただそれだけの話だった。別に特別な意味があったわけではない。「この週末はリースリングのスパークリングワインが飲みたいな」と思っただけだった。
そんな週末に開けたのはドイツのリースリングが主体のスパークリングワインだった。美味しいなぁ、飲みやすいなぁとグラスを傾けながら、ふと思い出した。
そういえば死んだじいちゃんとも、よくリースリングを飲んだな、と。あれはドイツじゃなくて、アルザスのリースリングだった。
じいちゃんとよく行っていたのは、銀座の角打ちだった。ワインショップに併設してあって、簡単なつまみがあって、チーズもたくさん種類があって、たまに日本酒もあってついでにビールもある。そんな使い勝手の良いお店だった。
私とじいちゃんはよく二人で有楽町に映画を見に行っていた。じいちゃんの家と私の家のちょうど間くらいが有楽町だったので、よく有楽町のマルイの前で待ち合わせて映画を見に行っていた。
決まってその帰りに酒屋の店先で、酒を飲む。それが定番だった。かれこれ社会人になる前から数えると10年以上もじいちゃんとそんなことをしていた気がする。2〜3ヶ月に一度はそんな日があった。時には寿司を食べに行ったり、焼肉を食べたり、適当な居酒屋に入ったりもしたけど、大体行くのは決まってそこの角打ちだった。
今回の映画は面白かったとか、親は元気か?兄弟姉妹は元気か?なんて話から、最近物忘れがあるんだよなんて話まで、どこにでもいる祖父と孫のたわいない会話だ。「俺はお前が一番心配なんだよ」なんていつも私に言うもんだから「会うといつも同じこと言うね、やっぱり物忘れ始まったね。笑」なんて笑いながらじいちゃんと酒を飲む時間が大好きだった。
じいちゃんは酒ならなんでも飲む人だったからビールでもワインでも焼酎でも日本酒でもなんでも飲んだ(無論私も)。そんな私たちはそのお店ではよくワインを飲んでいた。酒飲みが二人もいたらボトルを頼まずにはいられないのはもう書かなくてもわかるでしょう。笑
中でもよく飲んだのはフランスのアルザスのリースリングだった。理由は簡単、じいちゃんにご馳走になるからなるべく高すぎないものを選んでいたのと、ワインにそこまで詳しくないじいちゃんでも美味しく飲めるワインであることの二択。スポンサー様をヨイショするのは当然ですよね。笑
二人でボトルは開けるわビールは飲むわつまみはたくさん食べるわでわちゃわちゃしていたらそりゃあ店員さんも覚えますよね。「あれ、今日はなんの映画見たんですか?」という会話を店員さんとするところから私たちの宴は始まっていた。
じいちゃんは人生論を語る人だった。いや、人生論というとちょっと硬いというか何かを成し遂げた人かと思われるが、ただの飲兵衛の爺さんが酔っ払って楽しくなって話しているだけだ。じいちゃんの娘、つまり私の母親のこと、自分の仕事のこと、人付き合いのこと、昔話、これからお前はどう生きるか。などなど。
私はそれを時に頷きながら、時に真剣に、時に全然聞かずに聞いていた。だって後半は「前にも聞いたよ。」みたいな話が多かったから。笑 でも私はそんな時間が大好きだった。少ない休みをじいちゃんと過ごす30歳超えた孫なんて多分そんなにいないだろう。そういう意味ではじいちゃん孝行を積極的にしていたほうだとは思う。じいちゃんが亡くなった時、住んでいた距離が近いのもあったが、じいちゃんの家の片付けや生前お世話になった方への挨拶周り、携帯の解約や役所での手続き諸々全て私がやった。
別に自慢でもなんでもないし、苦でもなかった。たくさんご馳走してもらったスポンサーだったからというわけでもない。私はじいちゃんが大好きだったから率先して行っていたのだ。ただそれだけのことだ。じいちゃんが住んでいた家の掃除は正直大変だった。たまたまじいちゃんが働いていた会社が解体屋だったので色々と便宜を図ってもらったのだが、それでも大変だった。
家の掃除もそうだが、じいちゃんの葬式が済んだ後にベロベロに酔っ払った私は家のマンションのバルコニーから「じいちゃん、私も行くよ」なんて言いながらベランダの柵に足をかけていたというくらいショックを受けていたのだから、どれだけ私がじいちゃんのことが好きだったかわかるだろう。
そんな大好きだったじいちゃんとよく飲んだリースリングを開けた。
その日開けたのはドイツのリースリングだったが、じいちゃんと良く飲んだのはアルザスのリースリング。
品種は同じだが、土地は違う。当然味わいも違う。
グラスに注ぐと、淡いレモンイエロー。香りは、レモン、ライム、りんご、白い花、そしてあのリースリング特有の石のような香りにペトロール香。口に含むと、柔らかい泡立ちにまろやかな酸が真っ直ぐに伸びて心地よい。後味にわずかな苦味とホロ甘さが返ってくる。このヴェールのような柔らかさとふわりとした質感…全くいやらしさのない、とても綺麗なワインという印象だ。
個人的にドイツのリースリングは、アルザスのそれよりも酸と甘さの折り合いに特徴がある。と思っている。品種は同じでも、土地が変わるとワインは全く違う顔をする。そして、思い出が加わるともっと違う側面を見せてくれる。一人だけの視点ではなく、様々な人との思い出が重なる。だからワインは面白い。
もしじいちゃんが今も生きていたら、私はどんなワインを選ぶだろうか。リースリング、それもドイツのリースリングを選ぶのか、それともよく飲んでいたあのアルザスか。
あの時よりもちょっとはワインに詳しくなった私が「このワインはね」と得意げに話す様子を、きっとじいちゃんは「そうかそうか、お前プロみたいだな」と返して、「そりゃあ、ちょっとした賞をもらったくらいだからね」と言ってニヤッと笑って飲む自分の姿も想像できる。
あぁ、そういえばちょっとした賞をもらったってこともじいちゃんは知らないんだ…。
いつもの銀座の角打ちで、私たちがケラケラしながらお酒を飲んだ時間はもう来ない。
ワインを飲むということは、その時の思い出に心を馳せるようなものだ。ワインを飲むだけで、もういないはずの人が隣にいるような感覚にもなる。そして一緒に飲んでいるかのように話すこともできる。
リースリング。
と心の中で言うだけで、銀座の角打ちで飲んだ時間、じいちゃんの顔、嬉しそうにくしゃっと笑ってまた同じ話をするあの顔が目に浮かぶ。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
書くほど、ワインが言葉になる。