円熟の可能性
〜 成熟を慈しむ女性の姿 〜
家のあるところに長く放置して忘れていたボトルがあった。私の家はとても狭い家なのでワインセラーが実はない。というか置けるスペースがない。
ソムリエの仕事をしているにも関わらずだ。
それでも涼しくて日に当たらなければワインはダメージを受けない。と思っている。現に家に転がっていた一番古いワインは1962年のバローロだ。先日飲んだがとても素晴らしい状態で「あぁ、これが古酒の、バローロの真価なのか」と感動したものだ。
そんな中、いつものように家に転がっているワインを整理していたら出てきたのがこちらのワイン。
かの有名なシャンパーニュ、ドン・ペリニョン擁するモエ・エ・シャンドンのグランヴィンテージロゼ2009年。
あぁ、たまには熟成したシャンパーニュでも開けるか。と思った。別に特別な日でもなかった。普通の休日だ。ただふと手に取ったそのシャンパーニュが飲みたくなり知り合いを誘って飲もうとすぐにLINEをした。
その夜十分に冷やしたそのボトルを冷蔵庫から出した時、改めてエチケットをまじまじと見た。
Moët & Chandon Grand Vintage Rosé 2009。
2009…すなわち今から17年前に収穫されたブドウで作られたシャンパーニュだ。2009という数字を見たとき、自分が17年前に何をしていたかを思い出そうとしたが思い出せなかった。あぁ、そういやこの時は高校生で、暗黒時代だったなと。それくらいしか思い出せないくらい良い思い出はなかったのだ。
シャンパーニュは、待つワインだ。
N.V.(ノン・ヴィンテージ)であっても、出荷までに約1年ちょっと。これは法律で定められた最低限の年数なのだが、実際にはもっと熟成させて市場に出すワインメーカーの方が多い。大体のワインメーカーが3年から5年近くは熟成させて出しているのではないか?
そしてシャンパーニュでヴィンテージ(収穫年)を宣言するものは、特別に良い葡萄が獲れた年だけだ。つまり今飲んでいる2009年と書かれたシャンパーニュはざっくりいうと良いブドウが収穫できた年のものだ。
人間もそうだが、本当に良いものというのは若いうちから真価を発揮しない。早熟の天才という言葉はあるが、それは天才だから許されるのであって、私のような一般ピーポーは辛酸を味わって、年を重ねてようやく良いものになるのだ。なれるかどうかは別だけど。
2009年は、シャンパーニュ地方が良好な気象に恵まれた年。前年の2008年も素晴らしい年だが、まあこの話は置いておこう。
シャンパーニュに限らずスパークリングワインを飲んだことがある方ならもしかしたらエチケットにBrutやExtra Brutと書いてあるのを見たことがあるのではないか。このBrutやExtra Brutとはざっくり言うと味わいの指数とでも言っておこうか。Doux(甘口)からBrut Nature(極辛口)の全部で7段階に味わいが分かれている。そして世の中にあるものは大体Brutが多い。つまり味わいは辛口だ。今回飲んだこのロゼシャンパーニュはExtra Brut…超辛口の味わいだ。
甘さで覆い隠さない、キレのある味わいと骨格で勝負する仕立て。そのボトルが、家のセラー床で17年眠っていた。
グラスに注ぐと、まずその美しい色合いに目がいく。ソムリエっぽくフランス語で言うならOeil de perdrix(ヤマウズラの目の色)。泡立ちの素晴らしさもさることながらこの澄んだ液体の美しさ…これは若いワインには出せない色だ。手前味噌だが、保管状態の健全さが、色そのものに表れている。
香りをとるとまず驚いたのはフレッシュな果実の気配がまだ残っていたことだ。
イチゴの香りがはっきりと取れる。甘くチャーミングな香りだ。そこに、トースト、クリーム、そして熟れたイチゴが重なってくる。フレッシュさと円熟した香りが同居している。
17年という時間が、果実の瑞々しさを奪わずに、新しい層をいくつも加えていた。
口に含むと、柔らかい口当たりに口内に広がる酸はクリスピーで、香ばしさが追いかけてくる。飲み込んだ後の余韻には優しい甘さが返ってくる。母性とでも言うのだろうか、とても柔らかくて温かい。
幼い頃に母親に抱きしめられたあの優しい温もりに似ているかもしれない。冷たい液体を飲んで温かさを感じるのは不思議なのだが、これがワインの持つ魔法であり素晴らしさだ。
Extra Brutの骨格と柔らかさが、同じ一杯の中に同居していた。
テイスティングコメントを書きながら、ふと言葉を探していた。
このワインは、何に似ているのか。母親に抱きしめられたあの優しい温もりに似ていると書いたが、それだけではない。17年という過ぎた時間を、悲しまずに引き受けている懐の深さと言うのだろうか、失ったものを数えるのではなく、加わったものを慈しんでいる。
そんな存在が、グラスの向こうに立ち上がってくる。
「成熟を慈しむ女性の姿」
母親を思い浮かべたからそう書いてみたが、これは性別の話ではない気がする。
歳を重ねたひとつの存在の、姿勢の話だ。
時間と健やかに、時に抗うように向き合ってきたものに、人は静かな敬意を抱く。
恋というよりも、温もりや安心感。
私は、このワインの前で、ただ一杯を傾ける以外にやることがなかった。友人と飲む時は楽しむことを第一に考えているが、この時はお互いに少し恥ずかしいような、懐かしいような、そんな思いをお互いに抱きながらグラスを傾けた。
その夜、飲んだ時間と、17年間眠っていた時間が、グラスの中でひとつになった。
待つことを引き受けたワインは、開ける夜の偶然さえも最初から見越していたのかもしれない。
……と、真剣に語ってまた引かれるのはご愛嬌で。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
書くほど、ワインが言葉になる。